酒蔵探訪〜酒田酒造〜 前編

さて、今回の酒蔵探訪は上喜元の酒田酒造さんです。
前編として副杜氏の佐藤氏のお話を紹介します。

遠いところわざわざありがとうございます。副杜氏の息子の佐藤でございます。

簡単にうちの蔵の紹介をさせて頂きますと、昭和21年に酒田市内に5つあった蔵元が集まって酒田酒造ということで法人化した会社です。それからは上喜元ということでやっております。今の社長(佐藤正一 氏)が杜氏も兼務しております。

ここ酒田では初孫さんが長らく県内・東北でも有数の蔵元さんですので、なかなか地元で定着するには至らず、約30年程前にいち早く東京に進出しました。

聞こえは良いのですけれど、地元でなかなか厳しいので東京で勝負しようと、逃げるように東京へ出て行ったんです。今となっては早くから東京に出て行ったおかげで、全国の皆さんに知って頂くようなお酒に少しでもなれたのかなと思います。

1,200石程の規模の蔵でして1本1本まで目が届く丁度良い大きさと思っています。
新規のお客様もここ2~3年増やしていませんという状況でして、現状このような規模でいこうかなというところですね。
急に大きくなることもなくお酒の質を下げないというのが一番でやっております。限られたスペースで造っている今が製造の限界で現状このままでいこうかなと。

こちらがテイスティングルームです。年明けにご案内できるかと思います。

── すごい!カッコイイ!
── お洒落なお店って感じ。
── これは面白い。

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蔵にいらっしゃったお客様に、ここで試飲して頂こうかなと作りました。まだ100%完成していませんが。

これからご覧頂く蔵に、年間300人位の見学の方がいらっしゃるのですが、なかなかゆっくり座ってお話しする場所が無くて、せっかく来て頂いたお客様に申し訳ないなと思っておりました。
丁度蔵の真裏に当たる隣接した場所を求める事ができましたので、ついでに社屋を作りました。
わざわざこんな田舎まで来て頂いた方に、ちょっとでも感動して帰って頂ければと。

── なかなかテイスティングルームがある蔵はないからね。普通事務所の片隅なんかでちょこっとだからね。すごいお洒落。こんな店があったら嬉しいよね。

 次に来て頂く時にはお猪口ではなくリーデルのワイングラスを使います。

── 本当にリーデルだ。

 飲食店さんと違ってグラスの洗いができないんですけれども。

── うちもワイングラスで日本酒を出していたんだけれど、お客さんが『もっと上まで注いで』なんて言うんだよね。それで“もっきり”に代えたんだけど、でも香りを楽しむにはワイングラスが一番良いんだよ。香りが逃げないから。

 一般の方はお入れせずに、うちの蔵に来て頂いた方にだけご利用頂こうかなと思っております。

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この社屋を建てると決めた日が3月11日だったんですよ。午前中に会議が終わって「よし、これからやろうか」という時に午後から震災があったので、どうしようかなというところがあったのですけれど、今しかないだろうと色々な方と相談した結果ですね。
これから間違いなく何かをしようと思ったらお金は今まで以上かかるのは間違いないですし、地元の方々も震災で大変なので応援するという意味も含めて、やり切ってしまおうと。
今になってみれば大変な時期に建てて良かったなという思いでいます。

まだ90%位の完成度なのですが、もうちょっと見栄えを良くしまして、完成しましたらまた何かの形でご案内させて頂くと思います。その際は是非ともよろしくお願いします。

── こっちの方はあまり揺れなかったの?

 東京と同じ位ですかね。

── 5強だったら山形市より揺れたんだ。山形市は震度5までいかなかったんじゃない?

 今までにない感じで揺れましたね。

── 何か被害は?

 隣町に蔵置場があるのでそちらが心配で見に行ったのですが、幸いして1本も割れる事なく。

── 停電はなかったんですか?

 翌日のお昼まで停電してました。ただ一番問題だったのが3週間くらい燃料の目処がたたなかったことですね。
11日に震災があって19日にはもう造りをやめようと、1ヶ月位早く前倒しでやめざるを得なかったですね。燃料の確保が確定できないまま造りをしていくのが、あの当時は非常に困難でした。
今思えば、やってしまえば良かったなという感じですけれど、当時は半年くらい燃料の確保は無理なのではと思いながらやっていましたからね。

── 途中で作業を止める訳にもいかないしね。

 また震災の応援が岩手・宮城・福島に集中しまして、山形・秋田は良くも悪くも影響がなかったので、そこが踏ん張りどころでしたね。
仲間の蔵も大分被災しまして無くなったところもありますし。
それでも宮城の伯楽星(新澤酒造店)さんのように頑張りながら再開できた仲間もいます。

── まだまだ復興が全然だものね。街も出来てないし。それでも瓶が割れなかったというのはすごいね。

 一番はパレット(荷物台)にお酒を段にして積んであるのですけれど、1個ずつロープで固定してあったので、それだけでも効果が大きいという事で。
あとは冷蔵庫の壁にお酒をつけていた蔵元さんはアウトでしたね。冷蔵庫が揺れてその勢いで倒されるんですけれど、離して置いてあったというのもあったのかなと。

── 地震対策でやっていたのですか?

 2年前、宮城県の地震の際に伯楽星さんのところで7割くらい割れたので、原因を聞いたらロープでまとめていなかったのと、冷蔵庫の壁にぴっちりつけてお酒を積んでいたのが駄目だったという事でした。ですから今回うちは、ずれたくらいで後は大丈夫でした。
ほんのちょっとした事なんですけれど、それだけで効果がありましたね。

── うちの冷蔵庫はびっちりお酒が入っていたけれど、何ともなかったね。

 隙間なく積むか離すかのどちらかですね。

── びっちりでガチャガチャぶつかる余裕がないから。

 被災地も見てきましたが、ここもすぐそこが海ですからね。津波が来たら駄目だろうなという思いでやるしかないなという感じでした。何をどう防いでもあれだけの津波が来たら防ぎようがない事が判りましたので。

── 高台に逃げるしかないからね。

 とにかく蔵はどうでも良いので、蔵人とはとにかく遠くまで逃げようかと地震直後は一致した意見で申し合わせしてました。生きてれば何とかなりますけれど、いなくなってはどうにもならないですから。
その中でも取り敢えずは幸いにして何とか乗り越えられました。

── 以前の地震を教訓にしていたのはすごいですね。

 たまたま仲間が被災していたので、その話を聞きながらというところでしたね。

以上、副杜氏のお話でした。後編では蔵の内部の様子を紹介致します。


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